ケツァールの時々日記

米寿の母が胃癌になった!治った!の話から始めましょう

退院後の生活 身体へのダメージは予想以上だった!

入院中、杖歩行OKとなり、杖がなくても結構歩けそうだったので、姉もいる事だし、

もういいか🎶

と退院する事にしましたが、

荷物をまとめるにも四苦八苦。

 

なにせ、屈んではいけない、身体をひねってはいけない、重い物を持ってはいけないと禁忌動作が色々。

コルセットを装着した状態での動作はひとつひとつしんどくて時間がかかる。第一力が入らない。

やはりひとりでの退院は無理なので、入院する時に頼んだ友人にまた頼みました。

病院入口からカートを借りてきて、看護師さんに荷物を積んでもらい、カートに掴まって皆さんに挨拶をして、友人の待つエリアへ。

荷物の積み下ろしを友人に頼み、自宅へ。

友人には感謝あるのみ。

 

自宅では姉が待っていました。

関東から留守番に来て約1週間、母もいない事だし、普通に同居生活スタートしました。

退院が決まって、姉に、退院祝いに何が食べたいか聞かれ

「お刺身!」

夕食は (昼食が何だったか?忘れました(笑))

刺身、おでん、チーズ、ビール

1年近くぶりのビールだったので、さぞかし酔うかと思えば、全く酔わず、

『ン?』

その夜から胃腸が変

消化不良を起こしました。

次の日何も食べる事ができず、横になって過ごしました。

持ち帰った衣類の洗濯はすべて姉任せ。

書類的な物の後始末に手を付ける気力体力がありません。

その次の日になって、ようやく年賀状書きをして、姉に出して貰い、かろうじて年内に年賀状を出せました。

(母の年賀状じまいの年賀状は入院前に宛名の印刷は終わらせていたので、文面と投函は姉にお願いして、済んでいました。)

年を越して、少し治り、雑煮と餡餅を食べる事ができ、入院の後始末もほぼ終了。

コルセットを着けながら、色々な制約がある中の生活は、とても大変です。

入院前の足腰の痛みに耐えながらの生活も大変でしたが、今は、せっかくの手術の成果を台無しにしたくないので、用心して用心して動く生活も大変です。

筋力低下か、手術による神経損傷かは分かりませんが、足の痛みや痺れがあるのでそれも心配です。

母には悪いけれど、今は自分の体調を整える事を最優先にしませんとね。

 

姉は仕事があるので、買物他私の巣ごもりの段取りをしてくれ、帰って行きました。

帰り道、東京の中心の人混みが心配でしたが、そうでもなかったそうでホッとしました。

次に会えるのはいつになるのでしょうね。

 

体調がほぼもどり、昨年のお金のまとめをしています。

 

 

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