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ケツァールの時々日記

米寿の母が胃癌になった!治った!の話から始めましょう

里山歩き

山歩き・里歩き

太平洋を臨む

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花はまだまだだったが、風もなく暖かで気持の良い里山歩きだった。

 

17日には墓参り。お墓からの遠景。

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退き際(ひきぎわ)って難しい 母を見て考える

介護

60年近いキャリア

 母は60年近く華道を趣味にしている。今もわずか3人ではあるが教えている。

本人は90歳になったら、教えるのは辞めると言っていた。

私は自力で会場を往復できなくなった時が潮時だと思っていた。

80歳で大腿骨骨折した後は、復帰して最初の頃は会場まで私が車で送迎したが、そのうち公共交通機関を利用できるようになった。今は雨や雪の日に送迎するだけだ。 たまにはタクシーを利用するが、高いお金を払った上に、ドライバーにお愛想を言わなくてはならないのが億劫だそうだ。(私も同感)

 

認知力低下は想定外だった。

2~3年前から、月3回のお稽古日を、勘違いか忘れるかで、呼び出しがかかって慌てて行くとか、稽古日でない時に行ってしまうとかがあった。カレンダーにメモしてあるスケジュールを何気にチェックするようにはしていたが、なにせ私も約束を忘れてすっぽかす事があるような人間なので(笑)どうしても抜ける。

そして、技術的にも下手になってきたと自覚するようになったらしい。

 

会場(花屋)閉店

胃癌の手術後、認知力の低下が加速した感があったので、どうしたものかなあと思っていたところ、長年借りていた会場(花屋)が昨年夏閉店する事になり、私は丁度良い潮時だと思った。お弟子さんのひとりはこれを機会に辞めた。

ところが、本人はそうは思っていなかった。お弟子さんも長年の付き合いで、今更別の先生に付きたくないと言う人が多かった。きちんと続けたいと思っている人もいたのに、今更~と言うお弟子さんの言葉が嬉しかったのだと思う。

お弟子さんの紹介で場所を借りたが、一時的な所だった。それでも、場所代とか、月謝とか、お稽古の回数とか、どうなっているの?と色々聞くと怒り出す。

月謝をいただいて教えている責任をどう考えているのか、理解できなかった。

母は終戦直後結婚前何ヶ月か地元の農協で働いた事を「働いた!働いた!」と折に触れ主張していたが、社会経験のなさは否めない。

加えて認知力低下による頑固さ!

そのうちその会場も使えなくなる事がわかった為、

「潮時では?早く先生を紹介して、引き継いだら?」

と話した。姉も同じように話したので、本人は意気消沈したようで、少々心配になった。華道自体は勉強会や仲間との集まりは継続しているので、外出機会はある。でも教えなくなるのは、張り合いがなくなるようだった。4月始まりのカルチャーセンターのチラシを熱心に読んだり(え!新しいカルチャーを始める気?)していた。

先生を紹介した

3月から新しい先生に引き継ぐはずだった。

2月にきちんと続けたいお弟子さんを引き合わせた。

今更~のお弟子さんには「勧めたのだけどね」と母は言っていた。

私は2月の最後のお稽古から帰った母に、

「お疲れ様」

と声を掛けた。

なんと、最後ではなかった!

「会場がまだ使えるので、3月から新しい先生に引き継いだきちんと続けたいお弟子さんには内緒で、今更~のお弟子さんにはお稽古をする」と言う。そして、

「会場が使えなくなったら、自宅で月一回お稽古をしたい」と言う。

「(私が)嫌なら、その時間いなければいいじゃないか」と言う。

ショックだった。

長年付き合いのあるお弟子さんに対する不公平さ、不誠実さより、お華の先生を続けたい気持ちが勝ったという事。

それだけ認知力が低下しているという事。

良識、常識がなくなっている事。

 

何かから格好良く引退するって難しい。

家事からは早々と引退したのにね(笑)

同じ年で、夫の介護、妻、主婦の現役の人もたくさんいるのにな。

もちろん逆の人もたくさんいるけど。

自分の親にはいつまでもしっかりしていてほしい。尊敬できる存在でいてほしい。

身内の事だと客観的になれない。

 

長い文章にお付き合いいただきありがとうございました

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未破裂脳動脈瘤 その14 いろいろ考えた

未破裂脳動脈瘤

未破裂脳動脈瘤を治療するかしないか

治療を決心するまで結構迷った。

パーセントは少なくても、破裂の可能性はある。破裂して今死んでも、私的には嫌じゃない。周囲はそれなりに悲しむだろう。高齢の母をどうするかの対応も迫られるだろう。事務手続き、私の私物の処分も大変だろう。でもそれもいっときの事だ。でも、後遺症を抱えて生還したら?本人も大変、周囲も大変。

動脈瘤を知ってからは、なんとなく気持ちに引っ掛かりがにあって、持ち物に非常の時の連絡先のメモを入れるようになったり、ひとりの山歩きをしなくなったりした。思い詰めて鬱になるとかはないが、自分で行動に制限を設けているようで、そういう生活は嫌だと思った。

治療のリスクは心配だったが、病院のレベルの高さを信じる事にした。

結果として、治療が一段落し、憂いなくリタイア生活を楽しめるようになったので、良かった、良かった。

3回の入院で同室だった方々の場合(4回目は個室だったので他の方の情報はなし)

・検査入院の結果、今すぐ治療をしなくても良い事になった方。

・検査の結果、クリッピング術になった方。

・私の数日後コイル塞栓術を受けた方。

(もちろん、未破裂脳動脈瘤クモ膜下出血以外の方々もおられました。)

 

クモ膜下出血

 脳動脈瘤が見つかった時は、クモ膜下出血という疾病が、突然目の前に迫ってきた感じだった。そういえば、

 十数年前の話

以前住んでいた集合住宅で、ある夜階下が騒がしかった。救急車が来ていた。2日後意識不明のまま、クモ膜下出血で亡くなったとの事で、葬儀に出席した。若いお父さんだった。就学前のお子さんが事態が解らず、はしゃいでいたのが、痛ましかった。

さらに大昔

知人の中学生のお子さんがやはり突然クモ膜下出血で亡くなった。

もっと大昔

半世紀以上前、祖父が朝食前の畑仕事を終え、流しで身なりを整えていて突然倒れて亡くなった。今の私くらいの年齢だった。死因は脳出血(脳溢血?)らしい。昔だし、田舎だし、死因を特定したわけではない。もしかするとクモ膜下出血だったのかも。

入院中同室だった方

2週間位ICUにいて、一般病室に来た人。見た感じ麻痺等の後遺症はないし、認知面の後遺症もないようだった。私のいた病室が自立度が高い患者の病室だったからだが。隣県からヘリコプターで来たそうだ。コイル塞栓術だったそうだ。

同じ教会の方

後で知った事だが、2年前、同じ病院に入院していた。時期も少しかぶっていた。彼女は開頭手術を受けた。見た目全く後遺症がない。親しく話をする関係ではないので、詳しい話を聞いていない。

 

どんな病気でも自分の身に起きて初めて、ああと思う。

病気でなくても、6年前の震災もある意味似ている。あの真っただ中にいた時、現実でないような感覚だった。そして、我に返り、対処していった。

 

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セイリバオウレンを愛でに出かけた

山歩き・里歩き

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群落。自然ってすごい!

 

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カタクリも着々と準備中。

 

花の季節はどんどん進むので、ぐずぐずしていられない。

 

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春を見つけた

山歩き・里歩き

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マンサクが咲きだした

 

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セリバオウレン 撮影技術が未熟・・シーズン中にもっと頑張ってみよう。

 

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未破裂脳動脈瘤 その13 2年目フォロー検査入院

未破裂脳動脈瘤

入院準備についてはこちらの記事参照 

quetzal2013.hatenablog.co

入院

1日目

姉は仕事の都合があり後半の担当。弟は午前中に到着するが、入院には付き合わなくて良いと言ってあったので、ひとりで公共交通機関で入院。

入院物品レンタルのおかげで大荷物にならなかった。後の洗濯の事等も考えると、手間が減って確かに良い面もある。

受付を済ませ、身長体重測定後、病室へ。病院の都合で個室だった。

病衣に着替え、問診、血圧測定、採血、採尿。

CT、レントゲン(胸部、頭部)

弟からメール 父方の叔父他界の知らせ

数年前脳梗塞でこの病院に救急搬送され、意識不明のまま、長期療養型の病院に転院し、長い入院生活を送っていた。弟は帰る日を1日延ばし、姉はもともと来ることになっていたので、母、姉、弟は葬儀から火葬、法事まで出席できることになった。母、弟は通夜も。地元の私が出席できない皮肉なめぐり合わせ。子供の頃から可愛がってもらった叔父だったのに・・悲しい。この病院に何度か見舞いに来たのだった。

2日目 検査9時30分~

朝食もないし、だ~れも来ない。ぼうっとテレビを観ていた。

9時近くになって、ようやく手術のいでたちの看護師が来て、てきぱきとあっという間に準備。準備の途中に弟到着。外で待っていてもらう。

間もなく検査へ。1時間位で終了。止血処置の後病室へ。

2時間あるので、その間に弟は喪服を買いに外出。義妹へ連絡をとれたのが遅くなり、宅配が間に合わないので、買わなければならなくなった。予定外の出費で気の毒。

飲食OKとなり、弟介助で食事。なんと1年前と同じ献立だった!検査後の食事って同じなのかな?中年?(老年?)の男性が食事介助をしている図というのは、客観的には他の人に見せたくないというか、申し訳ないので、個室でよかった!

食事の後弟は帰って、母と、叔父の通夜に行った。

なんとか6時間を過ごし、解放された。

洗面所で、洗髪してさっぱり。

3日目

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病室が東向きだったので朝日がきれいだった。

MRI 

入浴

弟は法事まで出て帰ったとの事。

4日目

姉が来て、一緒に医師の話を聞く。

瘤の入口に少し血液のにじみがあるが、1年前と同じなので、次は1年後外来のMRIでよいとの事だった。

支払いを済ませ、姉運転の車で帰宅。

今回の支払いは限度額適用認定証を必要としなかった。

住民税非課税と課税を行ったり来たりしているので、しかたがない。

姉は夕方帰っていった。

検査入院終了

個室は

寂しい! 他の人とおしゃべりができない。

     人間観察ができない。

     私に用事のある人しか来ない(あたりまえ)。

気を遣わない  音を出してテレビやラジオを視聴できる!

        落ち着いてトイレにいられる(笑)

        見舞客と気兼ねなく話ができる。

物騒 貴重品を置いて病室を空けられない。戸を閉めたら分からない。人目がない。

 

入院グッズ

今回初めて、モバイルルーターと共にタブレットを持ち込んだ。その為、読書やテレビの時間が減った。私はスマートホンを持たないが、去年から、タブレットで、ラインをしたり、ネットを見たりするようになった。ブログの投稿もするが、入力に時間がかかるのが難点。皆様のブログをよく読む。

保険給付手続き終了

今回は忘れずに入院中に頼んだ。診断書代7560円也。高いね。

前回と同じ45000円(5000円×4+25000円)

 

つづく

 

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未破裂脳動脈瘤 その12 1年後のフォロー検査入院

未破裂脳動脈瘤

入院の2ヶ月位前、検査入院の通知が来た。今度は3泊4日。姉に連絡。

限度額適用・標準負担額減額認定証 申請

この年は、住民税非課税世帯!なので、非課税証明書をとり協会けんぽに送り、認定証をもらった。限度額 35400円  

準備

前年の入院の事を思い出し、襟元、袖口のスース―対策をたてようと考えた。

同室の方で、肌着を敢えて前後逆に着て、襟元が寒くないようにしている方いて、うまい事を考えたなあと感心した。

私は安全ピンで病衣の襟元を寄せていたら、看護師さんにダメ出しされた(笑)。当たり前。洗濯バサミにしたら、じゃまっけ。

袖口スース―については、袖口をゴムで締めた薄手の上着が良いなあと思い、薄手の割烹上着を探したが、ないので、自分で作ることにした。

手持ちの布で薄手のジャージがあったので作った。最初ダブルの打ち合わせにしたら、とっても変。それで袖をゴムで絞った半纏の形にした。

着てみると、旅館の番頭さんみたい(笑)。まあいいか。

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他はこれまでと同じ。

入院

1日目(休日)

病室へ 病衣に着替え、身長体重計測、問診、書類に署名。姉帰る。

2日目

採尿・採血・レントゲン・CT

検査準備 着替え、弾性ストッキング、オムツ、尿管、点滴、前もって腰に湿布

予定時間より2時間位遅れ、居心地が悪い状態でずっと待たされた。

検査自体は1時間位であっさり終わった。

カテーテルを入れていない左足は動かして良いそうで、ずいぶん楽だった。

検査が遅れた為飲食OKになったのは午後3時頃だった。

食事介助が済んだところで、姉には帰ってもらった。おにぎりとおかず色々。

ジャージの半纏を前から袖を通したら具合の良い事!襟元袖口のスース―がなく快適だった。皆様にも教えて差し上げたい位。ってそれぞれに工夫なさっているのでしょうから大きなお世話かな。

無事6時間経過し、解放され夕食。

洗面所で洗髪。さっぱりした~ 

明日24時までは屈伸と正座はダメ。(前の検査でも同じだった)

3日目

入浴

MRI

4日目

主治医より

順調。1年後検査入院。

支払い後帰宅。限度額(35400円)に食事代、病衣代等が加わる程度だった。

ありがたいような、申し訳ないような。

入院グッズ

半纏はヒット!

ストロー穴がある蓋付き100均のカップも使い勝手が良い(最初の入院から愛用)

今回の入院で驚いた! 

検温が簡単になっていた!看護師が小さな器具を患者のこめかみに向かってピッとするだけ。すご~い!

未破裂脳動脈瘤の治療はクリッピング術、コイル塞栓術の他にステントを入れる方法が加わっていた。同室の患者でその治療を受ける(受けた?)方がいた。そういえば検査入院の少し前、テレビでも取り上げられていた。

 後日談

 検査入院後半年位経った頃、旧い保険を年金として受け取る手続き中に、ふと思い出した。

新しい保険は、入院1日目から給付金が出る。あとカテーテル検査ももしかして該当になる?担当に聞いてみた。担当が上に確認したら、該当になるとの事だった。

それで、それから手続きした。45000円入院(5000円×4日)+検査25000円給付されたが、病院を2往復し、診断書代7560円を出し、保険会社の担当とのやりとりの手間があり、をどう見るかはそれぞれの判断にお任せ。

 

 つづく

 

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