ケツァールの時々日記

米寿の母が胃癌になった!治った!の話から始めましょう

一晩目は寝不足で朦朧。二晩目は切れたり大笑いしたり。

先日、月曜から水曜にかけての話です。

 

母はお通じの前は落ち着きがなくなり、1時間毎、酷いと30分毎位に

「トイレ」

と言います。

金曜朝にお通じがありました。ディサービス等では駄目なので、帰って来た晩(日曜)かな?と思っていました。

でも日曜の夜は平穏でした。

月曜

日中、便意の訴えで、トイレ介助が多かった!

全部空振りでした。

そして、夜

18:25 21:20 1:00 3:05 4:00 5:35 

そして朝を迎えました。

私は寝不足で頭はぼんやり。

朝食後、待望のお通じ。

これで落ち着くかと思えばこの日はなぜかトイレ介助が多かったのです。

トイレ介助中リハパン尿パット全交換そして床まで汚すというのが2回あったり。

私は疲れてしまい、夕食後、母を寝かせた後、テレビをつけたまま、居眠りをしてしまいました。

テレビの音に紛れ、センサーチャイムで目を覚ましませんでした。何度かのチャイムの音でやっと母の許へ行ったら、母はベッドに横になっています。

「トイレ?」

と聞いたら

「もう終わった」

え?

見たら、ひとりでポータブルトイレを使ったようで、リハパン、尿パット、ズボン下、パジャマズボン、シーツの全交換の状態でした。

使ったトイレットペーパーは床にあり、手洗い代わりのウェットティッシュも使ってそばにありました。

自分が目を覚まさなかったのが悪いのですが、

母に

「ひとりでトイレできないでしょう!全部汚す事になるんだよ!私の仕事が多くなるんだよ!」

と、叱りつけてしまいました。

ひととおり後始末を終え、ポータブルトイレの蓋に

ひとりではダメ!!

と書いた紙を貼り寝ました。

そして、次のチャイム

また、目を覚ますのが遅くなり、遅れて母の許へ行きました。

何と

トイレの前に立っている母発見!

ポータブルトイレの蓋の張り紙を見て、

『それでは、トイレに行こう』と

ポータブルトイレと車椅子を伝って、トイレ前まで歩いて行ったようです。

叱るというより、呆れて、大笑いしてしまいました。

後で見守りカメラを確認したら、割にしっかりした足取りで歩いていました。

な~んだ、歩けるんだ。

それだけ回復したという事です。

とても嬉しい事ですが、また目の離せない状況になったという事でもありますね。

悩ましい・・

 

ポータブルトイレの張り紙は内容を追加しました(笑)

 

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