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ケツァールの時々日記

米寿の母が胃癌になった!治った!の話から始めましょう

姉の事

遠方の姉が昨日まで2泊3日で来ていた。以前は月に1回位は来ていたのだが、子供の家族と同居した為少し遠くなった事、60代後半でありながら新しい仕事を展開し、空いた時間はカルチャーし、ますます忙しくなった事で少し足が遠のいている。昨年私が長年の不満をぶつけた事もあるかな。

不満の詳しい中身は長くなるので省略。

姉妹の力関係はいくつになっても変わらないのかな?我々だけかな?1年10ヶ月しか離れていないのに、絶対服従の感じで来たのが、昨年爆発したという事。

母は、以前は2~3泊はひとりで大丈夫だったので、留守番を頼まずに泊りがけで出かける事があった。昨年私が15日間入院した時は、姉と弟に交代で所々来てもらい乗り切った。私がいないとむしろシャンとしているよとの事で、私がいると依存的になるらしかった。

この春の病気で物忘れが進み、体調変化も心配で、泊りがけの外出が出来なくなった。日々どこか緊張して生活している。姉が来ると、小姑を迎える嫁の気分で、掃除を念入りにしたり、一緒に出掛けてもてなしたりと、さらに疲れる。目的は親が心配で様子を見に来る事、親を喜ばせるという事がもちろん一番だが、姉は日頃忙しいので、実家に骨休めに来ている感がある。母は日頃口うるさい娘と暮らしているので、とても楽しそう。母には言えない。

6月の来訪の後私は決めた。緊急時以外頼まない。彼女が来る時に私は休みをもらう。もてなさない。母と二人で動いてもらい、一緒に出掛けない。姉が来る時泊りがけで出かける。

そして、昨日までの3日間実現した。

前もって言わなかったので、彼女は運転免許証を持って来なかった。(いつも私が運転手だから) それで日帰り温泉も、ドライブも実現しなかった。でも2日間街に出かけ、買物をしたり、美味しい物を食べて、とてもとても楽しかったそうだ。私は、前もって決まっていたカルチャー(いつもだとキャンセルして姉に合わせていた)に予定通り行き、一泊の山登り遠征に行き、心配から解放される3日間を過ごした。あ―楽しかった。

姉には、「おねえさんが来る時は私はお休みをいただきます」と宣言。

2人で過ごして、母の衰えぶりも実感したようだった。

数年前に癌を患った連れ合い(義兄)を看取り、これまでの自身の仕事も順調。生活の心配はない。高齢の心身ともに衰えのすすむ親がいながら、新しい仕事を展開し、空いた時間はカルチャーを入れる。この秋は友人と一週間海外旅行に行くそうだ。嬉々として話してくれるなお姉さん。

私は、もういいかなと勤労意欲がなくなり、65歳まで延長雇用できるのを、62歳で辞めてしまった。悠々自適の生活を送れる年金額ではないので、爪に火を灯す生活かも(笑)。先日知人から、人を探していて、週5日フルタイムなんだけど、と言われ、断った。現実月1~2回の通院介助、見守り中心だけど介護、家事をしながら、フルタイムの仕事は私にはもう無理。ひとそれぞれというが、姉のあのエネルギーはどこから出てくるのだろう。そのエネルギーを親の介護に向けて欲しいが、あまりに向けられても、私が疲れるので、微妙。