ケツァールの時々日記

米寿の母が胃癌になった!治った!の話から始めましょう

未破裂脳動脈瘤 その9 手術後

手術後3日目

朝食 側臥位で摂る。おにぎり おかず少々

尿管がとれた!

清拭 手の届く所は自分で、背中、足は介助。

ベッドで身体を起こしてよくなり、車椅子の介助を受けトイレに。車椅子からの景色は日頃とは違うので貴重な体験だった。移乗は見守り、歩いてはダメとの事。

昼食 中華丼 普通の食事!

午後点滴終了!

ナースコールで何度かトイレへ。

外で待っていられると出るものも出ない(笑)感じがして、

「10分後に迎えに来てください」等と頼む事を思い付き、我ながらgood ideaだった。

身体が自由になったので、入院を知っている友人にメールで報告。

氷枕と痛み止めのおかげで、久しぶりに数時間眠った。

また、氷枕と痛み止めをお願いする。

4日目

 身体中が筋肉痛。

朝9時以降トイレまでの歩行OKとのこと。最初だけ看護師見守りで歩いた。

メールやテレビで過ごす。頭痛もさほどでなく、順調。

夜はうつらうつらで過ごす。

5日目

内服

主治医より 順調とのこと

行動の制限がなくなる

シャワー浴 さっぱりした~  洗濯

弟来る

読書 テレビ メール

7時間熟睡 すごい!

6日目

内服

読書 テレビ メール

弟来る

7日目

内服

入浴

元同僚を見かけた。危ない危ない。

読書 テレビ メール

8日目

採血

内服 自己管理になった

MRI

退院の話が出ない?そろそろのはずだが・・

9日目

内服

洗髪

姉来る。 丁度姉がいる時看護師が来て、明日退院との事。

10日目 退院

姉に来てもらい一緒に医師の話を聴く。

医師より

3ヶ月分の薬を処方された。以降脳梗塞の可能性あり。

生活制限はほぼなし。当分(1ヶ月位)正座、和式トイレはダメ。

フォロー検査は、半年後、外来か入院かは未定。

 

ナースステーションに挨拶をして、事務で会計をして、帰った。

仕事の都合があり、姉はすぐ帰った。

退院したらすぐ現実の日常が待っていた。(笑)

術後の期間について

術後間もなくは、やけにリアルな幻覚のような夢を見た。どうも全身麻酔の影響らしい。

身動きがとれない期間の病衣の襟元袖口の肌寒さ。

身動きがとれない時、手鏡があるとよかった。

 

 つづく

 

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未破裂脳動脈瘤 その8 手術(コイル塞栓術) 

手術当日

 内服

手術着に着替える(肩が紐で結んである、カテーテル検査の時と違う物だった)

荷物をまとめロッカーに預けるべく姉に託す

同室の方々に挨拶をして、歩いて手術室へ

手術台に寝て、「これを入れるのですよ」とプラチナコイルを見せられた(たぶん)

麻酔をかけられ意識が無くなった

 

声を掛けられ、意識が戻り、目に入ったのは主治医と姉の顔

ICU

酸素マスクを外されたが、うつらうつらすると血中酸素濃度が落ちるらしく、鼻チューブの酸素を着けられた。

名前、生年月日、場所、月日を何度も何度も聞かれる。

挿管されていた為か声がかすれうまく話せない。

うつらうつらがなくなった夕方から、辛いこと辛いこと。

右腕には血圧計が着いていて、定期的に計測される。その度に腕が締め付けられ目が覚める。心電図のパッチも着いていたと思うが、ここは記憶が曖昧。左の前腕には点滴の針。右足は固定、尿管も着いて、身体の自由が利かない。

それでも夕食がきた。チューブのゼリーを自分で食べた。こういう状態でも歯磨きはきちんとさせられた。

腰が痛くてたまらず、湿布を貼ってもらう。頭痛も酷くて、薬をもらった。

見える範囲は限られているし、ド近眼の私は眼鏡がないと周りがよく見えないが、開頭手術をしたらしい人が呻いたり、とんちんかんな事を言ったりしているのが聞こえたり、真夜中に救急搬送されたらしい人が入ってきたり(たぶん)。緊迫した雰囲気の中、看護師が動き回っていた。

ICUは意識のない状態で過ごす人が多いのだろうが、私は、痛いし身動き取れないしで眠れない長~い長~い夜を過ごしたのだった。

手術後2日目 午後病室へ

繰り返し名前その他を聞かれる。

朝食 おにぎり1個 ヨーグルト おかず少々 歯磨き

病衣へ着替え 清拭 陰部洗浄 湿布 看護師さんの手際の良さと安心安楽さに感謝!

昼食 おにぎり おかず少々 歯磨き

午後元の病室へ

顔ぶれも同じで、皆さんと再会を喜んだ。姉も来ていて少し話す。間もなくベッドのままMRIへ呼ばれ、それを機会に姉は帰宅。

ベッドは30度まで起こせるようになり、少し視野が広がる。夕食は側臥位で摂った。

頭痛が酷く、痛み止めをもらい、氷枕もあててもらった。

点滴と、尿管で寝返りもままならず、腰痛、頭痛で眠れない。肌着を着ていないのでスース―して寒い。

 

つづく

 

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きれい好き過ぎる友人 

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記事とは無関係ですが、3月3日なので。母作です。花瓶代わりの徳利🍶(笑)で大きさがわかります。

 

仲の良い友人ふたりとのお喋りの中で

友人

「年を感じる・・最近は1日おきにしか掃除機をかけなくなった。」

私と別の友人は、絶句。コメントができない💦

 

現役時代、私は掃除は週1回週末にしかしなかった。家にいるようになって、日中家にいる人間が増えたので、埃っぽいなとは思うが、やはり原則週1回しかしない。どれだけ無精なのだろう。身内等の泊まり客がある時はもちろんその前後にも掃除をする。

きれい好きの友人は現役時代も毎日掃除機で掃除をしていたそうだ。お連れ合いも現役で、日中家に誰もいないのに、である。

 

ある時友人に聞いた事がある。

「早朝から夜遅くまで出掛ける時はどうするの?」

友人

「夜、コロコロをかけるだけで我慢する。」

またある時

私 「この前浴室のカビ取りをしてね~」

友人 「ふ~ん、私は毎日お風呂から上がる時に、乾いた専用タオルで浴室内を全部拭き上げるから、殆どカビは生えないよ。そのタオルは、雑巾とは別に洗濯するの。」

私ともう一人の友人・・絶句

姉が来た時にその話をしたら、

姉 「私は結婚した時からそうしているよ。排水溝も毎日洗うよ。」

私再び絶句。

私ってかなりの無精者だったという事?

 

その友人と

 1月一緒に出掛けた時、帰ってから、身ぐるみ、ダウンコート、帽子、手袋、バッグまで洗濯したので、寝たのは午前2時をまわっていたそうだ。

その時、ホテルで、「入浴はシャワーだけ。バスタブに湯をはっては入らない。誰が使ったか分からないから気持ちが悪い。」との事。「布団に直接肌が触れないようにして寝たい。」とも言っていた。

でも、温泉は好きで大浴場に皆で入る事はOKなのだ。

矛盾していると思うと自分でも言っていた。

 

彼女のきれい好きエピソードは他にもあるが、またそのうちに・・ 

 

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北大路公子が面白い! 「生きていてもいいかしら日記」 *ちょっとブレイク*

以前、本屋で偶然買った「生きていてもいいかしら日記」、あまりに面白くて、姉に貸した。以来、姉は本屋で見つけては買って持ってくる。

札幌在住のエッセイストで、日々の出来事、自分の事、家事の事、御両親の事、北国の生活の様子等を書いているのだが、「そうそう!」「へえ~」と飽きさせない。(読書感想文は、やっぱり苦手(笑))

「苦手図鑑」

「石の裏にも三年」

「頭の中身が漏れ出る本」

「枕もとに靴」

「最後のおでん」

「ぐうたら旅日記」

Amazonで検索して出てきたこれらの本は全部読んでいた!

自分で買ったのは「生きていてもいいかしら日記」だけ。姉に感謝!

 

人込みの中では読まない方がよい。思わず声を出して笑ってしまうから。

 

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未破裂脳動脈瘤 その7 治療入院

手術まで

1日目 

姉運転の車で入院。医師からの話はないとの事で、姉は帰った。

血圧測定、検温、問診。

レントゲン(胸部、頭部)検査後病室に帰る時、仕事で来ていた元同僚とバッタリ会ってしまった。入院の話は極々限られた人にしかしていなかった。元の仕事は病院にも出入りしていたので、階段を使う等元同僚と会わないよう気を付けていたのだが、うっかりエレベーターに乗ってしまったのだ。彼女は彼女で、病気療護後復帰して間もない時期で、私が退職した時はまだ休んでいて、退職の挨拶を直接していなかったので、お互い思う所があった。特に親しくはなかったのだが、以来年賀状で近況報告をしている。これも縁だね。

栄養士より話:コレステロールが高めなので、脂質異常症食だそうだ。

入院中精進料理のような食事ばかりだった。厚揚げ、油揚げ、高野豆腐、ガンモドキ等々大豆製品オンパレードだった。1600㎉で病院食以外食べてはダメだったが、私にはご飯の量は多くて、残す事が多かった。退院後体重を計ったら、少し痩せていた。

ブラックコーヒーはOKだったので、姉や弟が来る時に、必ず近くのコンビニで100円コーヒーを買ってきてもらった。自販機のブラックコーヒー(140円)はいまいち、食堂のコーヒー(210円)は高いし味もいまいち。同室の人にもよく頼まれた。(もちろん許可をとった)

2日目

内服(3種類)

採尿、採血

入浴

手術時間や必要な物について説明を受けた。

3日目、4日目

内服以外なし

週末は弟担当。母の為に来ているので、病院には来なくてよいと言っていたが、コーヒーを持って来てくれた。

5日目

内服

麻酔医が来た

入浴 洗濯

姉が来て一緒に、ICUに持ち込むものに名前を付けたり、点検をした。箸、スプーン、フォーク、歯磨き、歯ブラシ、プラスチックカップ、タオル類、タオルケット等すべてに記名。

一旦ベッドを空けるので荷物をまとめ、ロッカーに預けることになる。

この5日間は?

暇だった。人生でこういう時間ってそうそうない。辛い自覚症状があるわけではないので、ありがたい5日間だった。

6人部屋で、色々おしゃべりした。それぞれ入院理由は違うが、基本ADL自立の人達。

ペン習字の練習をした。(その時だけだったので、全く身に付かなかった(笑))

読書: 持参した本、病棟の本 たくさん読んだ。

携帯メールはOKだったので、色々いじっていたら、知らなかった機能がわかった。

 

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未破裂脳動脈瘤 その6 治療入院を前に

 約15日間の本番入院を前にすべき事

健康保険限度額適用認定証の申請

検査入院が約8万円かかった。早めに認定証を貰っておけば申請の手間がなかったのだが、慣れない事なのでしかたがない。返金の申請と、認定証の申請をした。任意継続保険なので「協会けんぽ」へ。認定証はすぐ来た。限度額は57600円だった。

生命保険会社から書類を貰う

当時の私の保険は大昔のままなので、5日以上の入院でないと入院給付金が出ない。コイル術というのが手術に該当するかどうかも確認が必要だった。

(大昔当時の同僚の友人が契約を欲しがっていて、たいした考えもなく契約した。その後間もなく言われるままに内容を変更したが、それも大昔のタイプのままだった。そして生命保険に対し色々思う所があり、変更せずに来た。途中10年満期の一時払い養老保険に入った位。これは年金の上乗せになるので良いと思う。)

 姉、弟の分担のスケジュール調整 

身辺整理

真面目にエンディングノートを書いた。途中までだったけど(笑)

お金の事(メイン銀行、ゆうちょ銀行、証券会社、生命保険等の一覧、通帳・証書類をまとめておく)

友人関係(関係別に分類した住所録をプリントアウト)

 車や携帯電話の書類。

パソコンのログインパスワードや、色々なネット利用の 一覧やパスワード等。

断捨離

処分していなかったブラウン管テレビを処分したり、捨てようと思いつつそのままになっていた衣類等を地域の資源回収の場所に持って行ったり、古本をTSUTAYAに売りに行ったり(5円10円の世界でガソリン代にもならないけど)、粗大ごみをごみ焼却所に持ち込んだり、ゴミの日に出せるものは出したり、手持ちの物をできる範囲で整理した。(常日頃心掛けていれば大仕事にならないのにね・・)

入院の持ち物

検査入院の時と同じだった・・ と思う(笑)

  

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未破裂脳動脈瘤 その5 入院雑感

いたって健康で生きてきたので、入院経験は、中学生の時虫垂炎で手術した時位。当時私が入院した病院は全身麻酔で盲腸の切除術をした。待合室で西谷祥子の漫画を読んだ事と、母を独り占めできる数少ない機会だったのにあまり甘えなくて惜しいことをした、という記憶がある位。

 

だから殆ど初めての入院。

ただ、当時の数年前母が大腿骨骨折で人工関節置換術を受け2ヶ月入院していたので、必要な物、あると便利な物は、ある程度わかっているつもりだった。加えて、ネットで色々調べた。

病院からの指示の持ち物:下着類、洗面用具、ボックスティッシュ、バスタオル、フェイスタオル、箸類、プラスチックカップ、履物(スリッパは不可)、イヤホン、検査時(大判バスタオル、フェイスタオル、弾性ストッキング、曲るストロー)

あると良いもの:タオルケット、 肩掛けやひざ掛け、カーディガン等の上着、ミュージックレコーダー、ラジオ、本、マスク(感染予防と睡眠時の乾燥対策)、予備の電池、携帯充電器、保温マグボトル

 

最初の検査入院を終えて・・

良かった事

・眠れぬ夜、ミュージックレコーダーの音楽に癒された。(小田和正、スティング、アバ、中島みゆき竹内まりやピアノソナタ集)

ラジオ深夜便NHKFMの”弾き語りフォーユー”が良かった。

・持参した本、病棟の本を沢山読めた。

・6人部屋の他の人の色々な話を聴けた。

・看護師、医師、職員、患者、見舞い客の人間観察がとても興味深かった。

・目の前に三食出てくる事!暖かく、冷たく。すごい!そして割に美味しかった。

課題というか、困ったなと思った事

・手荒れ、乾燥対策

・血管撮影後6時間の安静時、素肌に手術着だけなので(胸にフェイスタオルは当ててはいるが)、手を出して何かすると、襟元、袖口がスース―して寒い。

・給湯がない!お茶は昼食時だけだった。

 

つづく

 

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